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ちょうど1970年前後からのこの30年間、国際的に見ても私たち人類の意識が大きく変わった時期なのではないかと思います。マスメディアの発達と国際化の中で、人類は2つの大きな課題に直面しました。ひとつは環境の問題です。経済成長の中、環境のことを考える人などほとんどいませんでした。しかし、今では世界各地でこのままだと自然環境が破壊されてしまうということが議論されるようになりました。
もうひとつは、古くて新しいテーマといわれる人権の問題です。フランス革命の人権宣言の人とはフランス国籍をもつ成人男性のことでした。この人権宣言から女性が参政権を勝ち取るまで約100年かかっています。このような男尊女卑はどこの国でもあった。やっとあらゆる人の人権の問題について議論されるようになったのは1970年代。中でも女性の人権というのは人類の半分が女性なわけですから世界最大の人権問題ということで国際社会が取り組むようになったわけです。
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| 日本の国会議員・管理職の女性の占める割合は国際的にみて非常に低い状態です。国際競争力に関する調査での、日本の女性の経済活動への参加率75カ国中69位。日本は、20世紀後半、国際社会が本気になって取り組んできた女性の人権に取り組んでいるの?と見られても仕方がない現状です。簡単に言うと他の国より約30年遅れているといっていいと思います。これからは、いろいろな視点で経済活動や社会について考えていかなければならないのに、男性だけの視点で考えている。優秀な女性が育っているのに活用できていない日本は、世界から見るとなんてもったいないことをしているんだ、不況にもなる、となるわけです。女性の人権に配慮した社会が成熟した社会だという国際的な流れは、日本にはまだ通用していないのが現状です。 |
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なかなか進まない理由としてジェンダーがあります。これは性別による社会的な枠付けのようなものです。一人ひとりはいろいろな能力をもっているのに、「男の子はこうでしょ」「女の子はこうでしょ」と枠付けをしてしまう。この枠付けの多くは人間が作ったものが多いわけです。そして文化や歴史によって差がある。逆に言うと人間が作ったわけだから、おかしいものについては、みんなで話し合って改められることは多々あるわけです。
人間はパーフェクトではありませんから、ある程度自立しながら助け合う。今までの多くは、女性は経済的に男性に寄りかかって、男性は女性に生活の面で寄りかかってきたわけですけれども、自立した2人が協力し合う。これがこれからの家庭や地域のあり方ではないでしょうか。
男女共同参画とは男女の均一化などではなく、選択を男女で縛ってきたことをそろそろ止めて、いろいろな選択肢を作り、個性を拡大し、一人ひとりが能力を発揮できる、より豊かで成熟した社会にしていきましょうということだと思います。 |